痛がりの外科医

2000年9月13日
外科医たるもの、第一の仕事は人の体にメスを入れたり、縫合したりすることにある。
悪性疾患でも良性疾患でも、患者のためを思いそのようなことをするのである。
しかしそれが自分の身に降りかかってくるとなると話は別である・・・

ある日私は、同僚と酒を飲みに行った。
ここのところ非常に忙しく、みんなも参っていたのだが、ようやくその日飲みに行く暇ができたのである。
5人でのみにいって、最初はビールに始まり焼酎・日本酒と、個人の好みで酒がどんどん進んでいった。
大酒飲みである私は、もちろんのこと率先して焼酎を片手に大騒ぎしていた。
私が焼酎を5合ほど飲んだところで、次の店に行くこととなり、その店を出た。
まだ騒ぎ足りない私は、そばにいた後輩を羽交い締めにしようとしたところ、その後輩がフェイントで逃げたため、行き場を失った千鳥足の私は、その場にころんだのである。
・・・どうも肘を打ったらしい・・・
もうすでに痛覚は消失していたのでそれくらいの感覚だったが、見てみると肘がパックリと割れているではないか。
それを見た後輩が、
「先生、大丈夫ですか?ちょっと診せて下さい。・・・肘割れてるじゃないですか!これ縫わんといかんですよ。」と言ったので、私は、
「よかよか、こんなんはツバつけときゃ治る!」と、およそ医者らしからぬ言葉を吐いて次の店に行った。
出血はほとんどしてなかったので、大丈夫だろうと外科的に判断したのである。絆創膏を貼って飲み続けた。
それ以降のその日の記憶はない。

翌朝起きてみて、冷静にその傷を見てみると、結構深く、関節包にまで達していた。
幸いなことに関節包に傷はなかったので、単純に皮膚を縫うだけでよい。
「・・・しょうがない。縫ってもらうか。」と諦め、仕事が一段落ついたところで、その後輩に縫ってもらうことにした。

「だから昨日言ったじゃないスか。縫わんといかんって。」と言いつつも、研修医である後輩は縫合できることがうれしそうである。
「絶対、痛くしないでネ。」と思わず、私はオカマチックに言ってしまった。
後輩が縫合の準備を始める。
局所麻酔薬である1%キシロカインを注射器に吸い、針先を上にしてチュッと少し出す動作をしている後輩を横目で見たときに、突然ある恐怖心が私を襲った。
・・・あの針が俺に刺される・・・
普段は平気で患者に針を刺しているくせに、それが自分にされると考えると、耐えられないくらい怖くなった。
「お前、絶対痛くすんなよ!!」と、今度は恫喝的に後輩に言った。
「分かってますって。」と、軽い口調で注射針を私に向けた。
「ちょっとチクッとしますよー。」と、後輩が患部に針を刺し、1%キシロカインを注入しだした途端、何とも言えない激痛が走った。液体が組織の中で膨張する痛みである。
・・・ヌォォォォ!痛いではないか!何がチクッとぢゃ!・・・・
怒りにも似た感情がこみ上げる。
「いたたた!お前、痛くすんなって言ったろうが!!!」と、怒りの矛先を後輩に向けた私だったが、
「じゃあ、昨日縫っとけばよかったんですよ。酔っぱらってたけん、痛くなかったのに。」と、涼しい顔で返されてしまった。
このやり取りを聞いていたナースたちが寄ってきて、口々に後輩の味方をする。
「先生がそんなに飲むけんたい。」
「先生も患者さんにあんなに針を刺してるくせに。」
などなど、罵られながら縫合が終わった。

-----1%キシロカイン5ccにて患部を局麻後、3-0ナイロン糸にて皮膚および皮下組織を3針縫合し、手術を終了した。-----
手術記事にするとたったそれだけのことだが、患者の痛みがよく分かった出来事であった。
ついでに、自分がどれだけ痛がりかもよく分かった。

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